(公社)砂防学会信越支部では,令和7年(2025年)10月31日(金),新潟県の村上市・関川村において現地見学会・検討会を開催しました。
令和4(2022)年8月1~6日にかけて,日本海から東北地方・北陸地方に伸びる前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んだため,大気の状態が不安定となり,北海道地方や東北地方および北陸地方を中心に大雨となりました。3日の夜には新潟県と山形県で線状降水帯が発生し,雷を伴った猛烈な雨が断続的に降り続き,この豪雨により一級河川荒川の下流域では,平地では浸水被害が発生し,新潟県村上市と関川村の境界に位置する標高500m 程度の山地では,多数の土砂災害が発生しました。
今回の現地見学会・検討会では,計画規模を超える豪雨が昨今頻発する中で,土砂災害の発生機構とその対策について,実際の災害現場を視察し,意見交換を行って,主に技術的な課題とその対応策,更に住民の生命に関わる重大な事態における警戒避難のあり方について学びました。
1.開催日程
開催日 令和7年10月31日(金)
日 程
7時40分 新潟駅南口出発
9時~10時30分 村上市小岩内大沢川での土石流・流木による被災現場の状況ならびに新潟県による対策の状況を見学。
10時45分~12時 関川村下土沢での土石流及び法面崩壊発生と,既存砂防堰堤が効果発揮した状況ならびに国土交通省北陸地方整備局による対策の状況を見学。
13時45分~15時 新潟駅南口の会議室において,令和4(2022)年災害と昭和42(1967)年羽越水害時に発生した山地の表層崩壊を比較しての山地崩壊の免疫性に関する議論をはじめとした見学会に係る検討会を実施。
2.参加者
堤支部長はじめ21名参加。うち学生会員5名。
講師として新潟県村上地域整備部災害復旧課の本間紘主査様,国土交通省北陸地方整備局飯豊山系砂防事務所の渡邊剛所長様はじめ多くの皆様にご教示いただきました。また,見学会参加者でもある新潟大学農学部権田豊教授,日本工営㈱新潟支店笠原菜月会員には,2022年災害から現地調査に入られた後の研究経過を踏まえ,知見をご説明いただきました。
3.見学会・検討会概要
(1)村上市小岩内大沢川
現地で本間紘主査様から令和4(2022)年8月の災害時の降雨状況をはじめとする災害発生概要,現地の被災状況,応急から本復旧、現在も継続する予防保全までの対策について,詳細にご説明いただきました(図1)。

現地は,昭和42(1967)年の羽越災害時にも上流で発生した崩壊に伴う土石流により被災した経験があり,令和4年に2度目の被災を受けた住民の方もいらっしゃるとのことでした。
被災集落の上流には羽越水害後の1969(昭和44年)に砂防堰堤(高さ11.5m,不透過型)が整備されていました。今回の災害では堰堤上流で複数の崩壊が同時多発して土石流化するとともに多量の倒木が流木となり土石に混じって流下,その大部分は既存堰堤で捕捉したものの,一部が堰堤を乗り越え,下流に被害をもたらしたとのことでした。今回の災害では,羽越水害の経験も踏まえて初動時の避難所から,より安全な高台の民家へと避難場所を移動したことで人的被害の発生を防止できたとのお話も伺いました(図2)。豪雨等,気象の激甚化に伴い土砂災害はどこでも起こりうる事となっていますが,このような経験に関する知見を広く共有することによって,適切な避難・声掛けによる人的被害の防止を実現することが今後ますます必要になってくることを強く感じました。

村上市では「大きな災害にも関わらず,一人の人命を失うことなく,避難できたのは,区長や消防団,防災士の迅速かつ的確な対応と市民の皆さんが日頃から高い防災意識を持ち,行動した結果です。」「過去の経験を活かし,冷静に判断したことがこのような奇跡的な避難につながりました。このような体験・経験を絵本化し伝えていくことで,この災害の記憶と教訓を風化させることなく後世に継承する」目的で「小岩内のきせき」と題する絵本を発刊されました。ストーリーや挿絵のデザインは新潟県内の専門学校生が制作を担当されたとのことでした。絵本はホームページで公開されています。 絵本「小岩内のきせき」 - 村上市公式ウェブサイト
対策工事が行われている状況も見させていただきました。災害後の対策としては,集落内の流路を埋塞した土砂・流木の除去,流路の確保➡堰堤直下でのアンカーネット式構造物(流出土砂等の補足を目的)の設置による再度災害の防止➡堰堤で捕捉された流木の除去並びに37,400 m3の土砂撤去➡既設砂防堰堤工のかさ上げ(図3 高さ11.5 m→14.5 m)➡堰堤下流での土砂溜めの設置の順番で実施されており,現在はかさ上げ工が完成目前を迎えるとともに,土砂溜めの施工が進捗していました。

ご説明後の質疑では災害のメカニズムや対策工事の効果,苦心されたところ等,様々な質問・意見が活発にやり取りされました。〔当日配布資料:新潟県村上地域振興局地域整備部ホームページ「小岩内大沢川の被害と対策」〕
新潟大学農学部権田副支部長と,日本工営新潟支店の笠原会員の案内により,既設堰堤の上流へ移動し,崩壊地ならびに土石流・流木の流下区間の現状を見学しました。災害直後,埋塞していた河床がその後低下しつつある状況や,今回の崩壊と羽越水害時の崩壊が隣り合っていて比較できる箇所を見させていただきました(図4)。
崩壊地の比較に関しては,今回の崩壊地のほとんどが羽越水害時の崩壊地と重複しておらず,理由として,崩壊発生後55年が経過しても崩壊跡地の土層は10cm程度と薄く,崩壊を発生させる土層厚になるに至らなかったとの説明で,実際に羽越水害時の崩壊地は土層が薄く、植生も回復していない様子が確認できました。「山地崩壊の免疫性」について、個々の崩壊発生箇所では免疫性が発揮されるが,流域内に崩壊発生のポテンシャルが高い未崩壊の場所が多く残されている場合は流域単位での免疫性は期待できないとの説明をいただきました。
災害から約3年が経過し,砂防堰堤上流の堆砂域の末端付近では,堆砂域の掘削および災害後の中小出水の影響により,河床部分の低下が進んだ結果,岸部の斜面に残存する流下堆積物の層が明瞭でした(図5)。複数回の土砂流出イベントのものと思われる土石の層が見られ,羽越水害,令和4年災害と繰り返された災害の状況を伺わせる痕跡でした。


〔参考:新潟県ホームページ;緑(森林・林業)の窓口>治山事業による効果的な流木対策に関する検討会議報告書概要〕
〔山地崩壊の免疫性に関する研究ノートは砂防学会誌,第76巻第6号2024年3月号に掲載されています。〕
(2)関川村下土沢砂防堰堤改築工事現場
村上市の東に位置する関川村はじめ,荒川の上流域では,国土交通省による直轄砂防事業が実施されています。所管する北陸地方整備局飯豊山系砂防事務所は羽越水害を契機に,昭和44(1969)年4月1日から一級河川荒川水系における砂防事業に着手され,現在に至るまで流域の国土保全と民生の安定に寄与されている事務所です。今回は,渡邊剛所長はじめ事務所の皆様にご案内いただき,令和4年災害時の既設砂防堰堤の効果発揮事例である下土沢砂防堰堤を見学させていただきました。現地では災害当時発生した土砂・流木を既存砂防堰堤が約6,000 m3捕捉した状況や,砂防堰堤の補強・改築工事についてご説明いただきました。


改築については既設砂防堰堤の下流側に腹付けコンクリートを増し打ちするもので,土石流等に対する耐力を高め,施設の強靭化を図るものです。本体の打設は完了し,今後前堤工の改修,流木止めの設置が行われるとのことでした。工事の安全を図るため,堰堤上流に設置されたアンカーネット式構造物が土石流により押し倒されたものの,その過程で土石流を減衰したと考えられるとのご説明も伺い,災害後の応急対策で活用が増えている同構造物の効果についても知ることができました(図6,7)。
飯豊山系砂防事務所の管内では,下土沢のみにとどまらず,これまでに整備された砂防施設が土砂及び流木を捕捉するなどの効果を発揮し,下流への被害を未然に防止しているとの説明もいただきました。
(3)検討会
現場見学会後,会場を新潟駅前の会議室に移し,検討会を開催しました。
新潟大学農学部 権田教授(副支部長)に進行していただき,冒頭,同大学大学院の井浦礼生会員から,「1967年羽越水害と2022年8月豪雨による崩壊と森林の関係の解析について」と題して発表をいただき,小岩内で見学した被災流域を含む周辺山地を対象とした,2時期の表層崩壊と地形因子,植生因子,降雨との関係についての研究成果を拝聴しました(図8)。

その後,質疑応答,討論が行われ,地域の特性に基づく研究の進展により,山地崩壊を主因とする土砂・流木災害に対してハード・ソフト連携して対策をしていくことの必要性について継続的に理解を広げることの重要さを共通認識としました。
4.まとめ
今回の見学会を通じて令和4年災害について改めて学ぶことができました。信越支部は新潟県,富山県,石川県,長野県をエリアとしますが,県が違うと現地の実感も含めて災害に対する理解度が大きく違ってくることを改めて感じました。今回,参加21名のうち学生会員が5名と比較的多く参加いただきました。学会では若手から現場の第一線で活躍するベテランまで幅広い参加があり,質疑・討論も多岐にわたります。砂防を学ぶ学生の皆さんにとって,普段学ばれている基礎的な事項以外の,工事の進め方や工夫に関する議論などを耳にすることは新鮮であったようです。学会の見学会・討論会は単に見聞を広めるだけではなく,地域によって異なる状況や課題の違い,砂防に関わる関係者の様々な意見を知ることにより,砂防を学ぶことの奥深さや長期的な視野の必要性について感じていただける重要な行事であることを再認識いたしました。今後も充実した機会が持てるように気持ちを新たにできた会でした。
おわりに,様々な情報をご提供いただくとともに,現地での安全確保やご説明まで多大なご支援をいただいた新潟県村上地域整備部災害復旧課様,国土交通省北陸地方整備局飯豊山系砂防事務所様,ならびに準備から当日の運営,現地案内等にご尽力・ご協力いただいた信越支部権田副支部長ならびに信越支部現地会員である新潟大学農学部,株式会社村尾技建,日本工営株式会社新潟支店,株式会社キタック所属の会員の皆様には改めて感謝申し上げます。 (文責:(公社)砂防学会信越支部 事務局 藤本 済)
