蒲原沢調査委員会第5回委員会記者会見資料
(平成9年3月20日)


                                  平成9年3月20日

            12・6蒲原沢土石流調査委員会中間報告

                                    (社)砂防学会

1.今回の土石流の発生原因について

(1)地形条件

蒲原沢は姫川の支流で流域面積3.73km2、流路延長4.6km、平均河床勾配20°の非常に急峻な荒
廃渓流である。流域の形状は左右非対称で、右岸側は斜面が切り立っており狭く、左岸側は緩や
かで、大局的に見て左岸側が「流れ盤」的で、右岸側が「受け盤」的な地形をしている。蒲原沢
上流部では、平成7年7月11日の豪雨により崩壊がいくつか発生した。それ以前には地すべり性
滑落崖や地すべり地末端の小崩落を除いて崩壊は発生していない。平成7年7月に発生した標高
1300mの右岸側斜面の崩壊の上部が、今回さらに拡大する形で崩壊(総量39,000m3)した。さら
にこの崩壊が発端となっって土石流が発生した。崩壊地点の標高1300m付近は、傾斜変換点に当
たっており、この地点より上流側は全体的に緩い斜面となっており、下流側は傾斜が急になって
いる。

(2)地質条件

 蒲原沢は糸魚川−静岡構造線の西側に位置しており、下流域には蛇紋岩、カンラン岩が、中流
域には来馬層群と呼ばれるレキ岩・砂岩・頁岩といったジュラ紀堆積岩類が分布し、上流部は第
四紀の風吹火山噴出物で覆われている。今回の土石流の発端となった崩壊は、標高1300m付近の
来馬層群と風吹火山噴出物の境界付近で発生した。

(3)土質条件

 土質条件の検討は現在までのところ十分にはなされていない。崩壊の発生機構の解明には、特
に強度特性の検討が今後必要である。現在までに採取された試料の粒度分布を調べた結果、今回
の土石流により流下し、下流部に堆積した土砂の大半はジュラ紀の来馬層に由来するものであ
る。

(4)気象・水文条件

1)気象条件

 蒲原沢周辺では、12月1日から2日にかけては寒波が襲来し、小谷観測所(気象庁)で最高気
温も0℃以下になり、積雪深35cmを記録し、降水量は30mmであった。その後積雪深は徐々に減少
している。5日には小谷で49mmの雨量が記録されたが、5日21時以降土石流発生まで降水は記録
されていない。5日から6日にかけて、積雪深は18cmから6cmに低下しており、積雪層の密度を
0.2g/cm3とすると融雪量は24mmであり、5日の雨量と合わせて73mmである。 
 現場から約8km南方の標高約1350mの観測点における積雪深と気温のデータから、ディグリー・
アワー法を用いて算出した融雪量は、積雪密度を0.2g/cm3とすると60mmとなる。一方、雪面低下
量から算定した融雪量は58mmである。小谷の雨量と標高1350mの融雪量を合計しても109mmであ
り、平成7年7月11日豪雨時の雨量(最大24時間雨量360mm)、あるいは平成8年6月24日、25
日の出水時の雨量(最大24時間雨量118mm)と比較して、土石流の発生に関連して、特に大きい
雨量とはいえない。
 また昭和61年から平成8年までの11月の月間雨量を比較すると、平成8年11月の降雨量が平年
値に比べて特に多いわけではない。

2)土石流発生前後の蒲原沢の水質

 土石流発生前(平成7年10月22日)の沢水と土石流発生後(平成8年12月7日)の土石流堆積
物中の水の化学分析を行った結果からみると、今回の土石流の誘因となった水は、降水や融雪水
から考えられる水量では説明できないと思われる。今回の崩壊とその土石流化に対して、平時の
水とは異なる高濃度のCa-SO4型の地下水が寄与していた可能性が考えられる。

(5)土石流の流下・発達・堆積過程

土石流は標高1300m付近の右岸側斜面の崩壊(総量39,000m3)を発端として発生した。この斜面
は、平成7年7月11日の豪雨の際に崩壊が発生した斜面である。
土石流の発生は、目撃者の証言から10時30分頃と考えられる。土石流発生直前に河川水の急激な
減少や濁りが認められなかったとの証言もあることから、崩壊から土石流への移行は速やかに行
われたと考えられる。
 災害前後の空中写真の判読による土砂収支によると、39,000m3の崩壊のうち8,000m3は残り、
31,000m3が土石流として流下した。治山ダムまでの区間で30,000m3の土砂が結果的に浸食され
た。砂防ダムと上部が破壊された谷止工の基礎部で15,000m3の土砂が捕捉され48,000m3が下
流扇状地まで到達した。
 土石流の流下痕跡の調査によると崩壊のすぐ下流で8mの高さがあるが、その後は、高さ3m程度
でほとんど変化なく流下している。治山ダム、砂防ダム付近で、ところどころ8m程度の高さに痕
跡があるが、全体としては深さはあまり変化しないで流下した。扇状地上流で一部流路から氾濫
したが、ほとんどは、流路工内を高さ2.8〜3.0m程度で流下した。
 土石流の発生は、大きいものが当日12時30分頃までに5波が確認されたが、第1波が最も大き
く、証言から、第1波の到達と同時に、上流側の治山ダムは破壊され、流路工から氾濫したのも
第1波のみであった。
 なお、今回の土石流は標高 1300m付近で発生した崩壊を発端として発生したが、その崩壊がど
のようにして土石流となって下流へ流出したかについては、いくつかの見解に分かれている。そ
れらは、

1) 崩壊土砂自身が大量の水を含んでおり、斜面上を滑動しているうちに土石流化したとする
もの

2) 崩壊土砂が標高 1180m から 1240m 付近に至る本流の渓床から上方の斜面にかけて、一
旦、崖錐状に堆積し、本流の水補給、崩壊斜面から流出した地下水流、対岸の崩壊斜面から供給
される水流の作用を受けて、崖錐下部が流動化して流下した。その結果、崖錐上部が不安定とな
り、崩壊土塊の再移動があって、再び渓床を埋没し、先の過程と同様にして2波目の土石流と
なった。以下、同様の過程を繰り返すことによって、合計5波の土石流が流下したとするもの

3) 渓床堆積物が過飽和の状態で今にも流動化しようとしているところへ、崩壊土砂が一挙に
覆い被さり、渓床堆積物がすべり面となって、崩壊土砂がその上に乗るような形で流下したとす
るもの

に大別される。
 1)と2)の可能性について土石流のメカニズムの面から、さらに検討を加えてゆく予定であ
る。

2.今回の土石流の予知・予測について

 平成7年7月11日、平成8年6月の降雨と比較しながら、融雪を考慮して、土石流の予測手法
であるスネーク曲線を用いて、実効雨量と降雨強度とを総合的に勘案して、流域の水の貯留状態
を検討した。その結果、当該土石流の発生時の状態は、平成8年6月よりも貯留量は少なく、し
たがって6月の降雨時よりも危険な状態であったとは言えない。
 沢の濁り、流量の変化といった土石流発生の兆候も報告されていない。従来、降雨量のみに
よって土石流の予測を行ってきたが、今後は、積雪地域においては融雪期の崩壊、土石流資料を
分析し、発生機構の解明を行う必要があり、その結果を予知・予測に生かして行く必要がある。

3.施設の被災原因について

(1)施設の被災状況

蒲原沢に建設されていた砂防・治山施設のうち、砂防施設については、特に被災はなかった。一
方、治山施設については、1)上流側谷止工は、土石流によりダム上端から約6.6〜6.7m部分か
ら上部が流失した、2)下流側谷止工は、航空写真、ビデオ等から見て存在が確認されておらず
流失した。

(2)施設の被災原因について

谷止工の破壊原因については今後の現地調査もあわせて検討する。


蒲原沢土石流災害調査委員会に関する問い合わせ先

 砂防学会事務局長・窪田順平
 e-mail: jkubota@cc.tuat.ac.jp


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Last modification: Jan 26, 1998; since March 21 1997