「最終報告書(要約)」


12.6蒲原沢土石流災害調査報告書(要約)

 蒲原沢は,新潟県と長野県の県境(新潟県糸魚川市・長野県北安曇郡小谷村)に位置する姫川左支流であり,流域面積3.73km2(旧国界橋上流域),主流路延長約4.2km,平均河床勾配1/3.5の急流河川である。蒲原沢では平成7年7月11日豪雨時に大量の土砂が流出し,新国界橋(一般国道148号)が被災している。また,災害関連工事を開始後,平成8年6月25日に再び豪雨が発生し,大きな被害はなかったものの,旧国界橋上流域から土砂が流出して,災害関連工事で施工中であった蒲原沢砂防ダムの床掘部を一部埋没させた。

 平成8年12月6日午前10時30分頃に蒲原沢で大規模な土石流が発生した。この土石流は,本文で詳しく述べるように標高1,300m付近の崩壊が引き金となったもので,少なくとも5波にわたって流下した。最も規模の大きかった第1波によりコンクリート打設直後の未堆砂の谷止工2基のうち1基が半壊,1基が全壊した。土石流はさらにその下流にある未堆砂の砂防ダム2基,建設中の砂防ダム,流路工を通過して姫川本川に到達した。この土石流の流下によって建設省,林野庁及び長野県が発注した災害関連事業等の工事現場が直撃され,工事に従事していた14名の尊い人命が失われ,さらに負傷者9名を数える大災害が発生した。

 本調査は,平成8年12月6日に蒲原沢で発生した土石流災害について,建設省・林野庁・長野県の三者からの依頼により,(社)砂防学会が「12.6蒲原沢土石流災害調査委員会」を設置し,1)今回の土石流の発生原因,2)今回の土石流の予知・予測,3)施設の被災原因,4)工事現場における土石流を想定した警戒・避難体制等予防策のあり方の4項目について,調査・検討を行ったものである。

 本報告書は4章により構成され,各章が上記の4項目にほぼ該当する。第1章では,12.6蒲原沢土石流について,その引き金となった標高1,300m付近の崩壊の発生過程と土石流の流下・発達・堆積過程とに分けて検討し,その発生原因と土石流の実態を明らかにした。第2章では,12.6土石流発生時に当該工事現場でとられていた警戒・避難体制と今回の土石流の予知・予測の可能性を検討した。第3章では,今回の土石流による治山施設の被災実態とその原因を検討した。第4章では,これらの検討を踏まえて今後の工事現場における土石流を想定した警戒・避難体制と安全対策及び施設の設計・施工のあり方について提言を行った。


12.6蒲原沢土石流災害調査委員会のメンバーは下記の通りである。

    委員長    山口 伊佐夫    東京大学名誉教授
    委 員    太田 猛彦     東京大学大学院農学生命科学研究科教授
           北澤 秋司     信州大学農学部教授
           鈴木 勇二  宇都宮大学農学部教授
           高橋 保      京都大学防災研究所教授
           丸井 英明     新潟大学積雪地域災害研究センター教授
           水山 高久     京都大学大学院農学研究科教授
    事務局    窪田 順平     東京農工大学農学部助教授

本委員会の調査経過は下記の通りである。

平成8年 12月6日  災害発生
     12月16日  建設省・林野庁・長野県より調査依頼
     12月19日  第1回委員会
12月22日  現地調査及び第2回委員会
平成9年 1月21日  第3回委員会
2月27日  第4回委員会
3月20日  第5回委員会及び中間報告とりまとめ
4月17日  第6回委員会
5月26,27日 現地調査及び第7回委員会
5月29日 第8回委員会
6月21日 第9回委員会及び調査報告とりまとめ

   なお,本調査を実施するにあたり,現地調査,資料収集等で建設省,林野庁,長野県はもとより,現地調査にあたり便宜を図っていただいた小谷村,地震データを提供していただいた科学技術庁防災科学技術研究所,報道用VTR等を提供していただいた長野放送,信越放送,NHK,気象データを提供していただいた白馬観光開発梶C警戒・避難体制の資料を提供していただいた葛葉・蒲原連絡協議会,災害直後にも関わらず貴重な証言をいただいた工事関係者など,多くの方々から多大なご協力をいただいた。ここに記して感謝の意を表する次第である。

 12.6蒲原沢土石流災害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに,本報告書が今後の災害の未然防止に役立つことを強く願うものである。

                      平成9年7月

                      社団法人砂防学会 会 長 矢野 勝太郎
                    12.6蒲原沢土石流災害調査委員会 委員長 山口 伊佐夫





         12.6蒲原沢土石流災害調査報告書 目次

  1.土石流発生機構の解明………………………………………………………………… 1
 (1)標高1,300m付近の崩壊の発生機構……………………………………………… 1
    1)地形条件……………………………………………………………………… 1
    2)地質条件……………………………………………………………………… 7
    3)土質条件……………………………………………………………………… 11
    4)気象・水文条件……………………………………………………………… 11
    5)崩壊の発生機構……………………………………………………………… 13
    6)斜面安定解析………………………………………………………………… 17
 (2)土石流の流下・発達・堆積過程………………………………………………… 21
    1)土石流の発生過程…………………………………………………………… 21
    2)土石流の流下状況…………………………………………………………… 22
    3)土石流による土砂移動量…………………………………………………… 23
    4)土石流の数値シミュレーション…………………………………………… 23

  2.災害の実態……………………………………………………………………………… 36
 (1)12.6蒲原沢における警戒・避難体制……………………………………… 36
 (2)従来の予知・予測手法に関する検証…………………………………………… 43
 (3)12.6土石流災害の特徴……………………………………………………… 46

  3.施設の被災……………………………………………………………………………… 47
 (1)施設の被災の実態………………………………………………………………… 47
 (2)上流側谷止工の破壊形態の検討………………………………………………… 56
  4.今後の警戒・避難体制と安全対策,施設の設計・施工への提言………………… 58
(1)警戒・避難体制と安全対策……………………………………………………… 58
1)流域特性(状況)の把握と工事関係者への周知………………………… 58
     2) 土石流発生の予知・予測手法の開発…………………………..………… 58
3) 土石流発生検知システムの導入及び新手法の開発……………………… 59
4) 警戒・避難体制のあり方…………………………………………………… 59
5) その他………………………………………………………………………… 60
(2)施設の設計・施工………………………………………………………………… 61
 (3)蒲原沢における工事の安全対策について……………………………………… 62

  要 約…………………………………………………………………………………… 63


  巻末資料




                  要 約

 今回の12.6蒲原沢土石流災害に関する調査・検討結果を要約すると,以下の通りである。

1.土石流発生機構の解明
(1)標高1,300m付近の崩壊の発生機構
1)地形条件
 蒲原沢は長野県・新潟県の県境に位置する姫川左支流で,流域面積3.73km2(旧国界橋上流域),主流路延長約4.2km,平均河床勾配1/3.5の急流河川である。
 標高1,300m付近の崩壊地は,平成7年7月11日の豪雨によって発生した崩壊地の頭部にあたり,勾配70゜以上の急斜面となっていた。崩壊地直下の本川河道は,上流側では勾配が緩く,下流側では約1/1.7の急勾配となっている勾配変換点である。このため,当該崩壊地は侵食前線となっており,不安定となりやすい地点であったものと考えられる。

2)地質条件
 蒲原沢流域は糸魚川−静岡構造線の西側に位置しており,下流域には貫入岩体である蛇紋岩・カンラン岩が,中流域には礫岩・砂岩・頁岩の互層からなるジュラ系堆積岩類の来馬層群が広く分布し,上流域では主として安山岩質溶岩類からなる第四系風吹火山噴出物がこれを不整合に被覆している。流域の大部分を占める来馬層群は,概ねE-WからNE-SWの走向を持ち,40゜〜70゜で南に傾斜している。このため,蒲原沢本川の右岸側では受け盤,左岸側では流れ盤構造となっている。
 標高1,300m付近の崩壊は,来馬層群と風吹火山噴出物の境界付近で発生している。崩壊地の基岩地質は,主として砂岩(来馬層群)と安山岩質溶岩(風吹火山噴出物)であり,崩壊地の上部から中部付近で安山岩質溶岩が砂岩を舟底型に不規則な形で覆っている。崩壊地付近の層序は上位から表土層,ローム層,安山岩質溶岩,砂岩,崩壊地末端部から本川河道では黒色頁岩となっている。

3)土質条件
 12.6土石流の発生源と考えられる標高1,300m付近崩壊地のローム層と上流側谷止工下流右岸側の作業ヤードにおける土石流堆積物の土質試験を実施した結果,土質特性については両地点とも大きな差異は認められなかった。粒径は全般的に分布がよく,細粒から粗粒まで広く分布しているが,崩壊地では土石流堆積物に比べて細粒分が多くなっている。

4)気象・水文条件
@気象条件
 蒲原沢周辺では,平成8年12月1日から2日にかけて寒波が襲来した。白馬観測所(気象庁)では気温が0℃以下になり,積雪深35cmを記録し,降水量は32mmであった。また小谷観測所(気象庁)の降水量は42mmであった。その後,積雪深は徐々に減少している。土石流発生の前日の12月5日に低気圧が日本海を通過し,白馬観測所で33mm,小谷観測所で49mmの降水量が記録されているが,5日21時以降土石流発生まで降水は記録されていない。低気圧の通過に伴い暖気が進入し,気温が10℃程度上昇し,0℃を越えている5日から6日にかけて,積雪深は18cmから6cmに低下している。
 12.6土石流発生地点とほぼ同標高で8km南に位置する稗田山C点(標高約1,350m)のデータよりディグリー・アワー法を用いて算出した融雪量は,積雪密度を0.2g/cm3と仮定すると60mmとなる。さらに,稗田山C点の気温,日射量,風速等を用いて熱収支法に基づいて融雪量を計算すると,12月5日の融雪量は19.8mmと算定された。この時期の融雪には主として風速,気温が大きく影響するが,これら気象要素の局地的な違いを考慮しても12月5日の日融雪量が60mmを超えることはないと考えられる。
 小谷観測所での雨量49mmと稗田山C点のディグリー・アワー法による算定融雪量を合計しても109mmであり,平成7年7月11日豪雨時の雨量(最大24時間雨量360mm:崩壊発生)はもとより,平成8年6月24日,25日の出水時の雨量(最大24時間雨量118mm:崩壊非発生)と比較しても土石流の発生に関連して,特に大きい雨量とはいえない。

A水文条件
 土石流発生前(平成7年10月22日)の沢水と土石流発生後(平成8年12月7日)の土石流堆積物中の水の化学分析結果から,土石流堆積物中(発生後)の水の全電解質濃度は,土石流発生前の水に比べて大きく,当該崩壊地ならびに土石流に対して,平時の水とは異なる高濃度のCa-SO4型の地下水が関与していた可能性が考えられる。水質からみると,今回の土石流の誘因となった水の発生源については,降水や融雪水のみだけでは説明できず,先行降雨の雨水の浸透により山体の土層がかなり水を含んでいた可能性がある。
 平成9年4月28日の現地調査によって,標高1,300m付近崩壊地では,湧水が風吹火山噴出物の内部に存在し, 5ヶ所が確認された。地下水の湧出箇所が風吹火山噴出物の内部に限られることは注目すべき点であり,崩壊発生には地下水による侵食作用も関与しているものと考えられる。

5)崩壊の発生機構
 12.6土石流の発生源と考えられる標高1,300m付近の崩壊については,地形条件として平成7年7月11日に発生した崩壊によって不安定化した斜面の「拡大崩壊」であり,かつ崩壊地が侵食前線である「不安定化した急勾配斜面」であったこと,地質条件として脆弱な安山岩質溶岩類と堅固な砂岩層の境界であったという素因が大きく影響しているものと考えられる。また,誘因としては降雨と融雪水が,比較的透水性の高い脆弱な安山岩質溶岩と難透水層である砂岩層との境界面上を地下水となって流動し,崩壊地に供給されたことが考えられる。
6)斜面安定解析
 標高1,300m付近の崩壊地の発生機構を解明するために,崩壊した斜面について円弧すべりと,有限要素法による弾塑性解析による斜面安定解析を行った。その結果,これらの斜面安定解析では,斜面の水位上昇量,崩壊の形状,崩壊発生時刻(安全率が最小となる時刻)などを必ずしも十分に再現することはできなかった。

  (2)土石流の流下・発達・堆積過程
1)土石流の発生過程
 今回の土石流は標高1,300m付近の右岸側斜面の崩壊地(崩壊土量約39,000m3)を発端として発生した。崩壊が土石流に移行する過程としては,
 @崩壊が直接土石流に移行した,
 A崩壊土砂が一時的に崩壊地から本川河床上にかけて滞留し,その後土石流に移行した,

という2つのケースが考えられる。今回の土石流が@,Aのいずれのケースであるかは,崩壊土量と供給水量のバランスで決まるものと考えられる。土石流化に関与した水量としては,崩壊土体内の貯留水,上流からの渓流水,山腹からの湧水,侵食された渓床・渓岸(小規模な崖錐)内の貯留水,さらに,左岸地すべり地から供給された地下水などで構成されたと考えられる。
 土石流発生前後の表流水の化学分析の結果から,多量の地下水の供給が確認されているため,崩壊土砂が土石流化したことに対しては,降雨と融雪水に起因する地下水の供給が大きく関与しているものと考えられる。ただし,崩壊から土石流化する過程については,崩壊から土石流に至る間に長時間が経過していないことは明らかであるが,さらにその過程を明確に結論づけることはできなかった。

2)土石流の流下状況
 土石流の流下痕跡の調査によると,崩壊のすぐ下流で8m程度の高さがあるが,その後は高さ3m程度でほとんど変化無く流下している。扇状地上流部(蒲原沢流路工外)で約5,200m3氾濫したが,ほとんどは,流路工内を高さ2.8〜3.0m程度で流下した。
 VTR画像の解析によれば,今回の土石流は,当日12時30分頃までに大きいものが5波,小さいものも数えると8波認められるが,第1波が最も大きく,目撃証言から,第1波の到達と同時に,上流側谷止工は破壊され,流路工から氾濫したのも第1波のみであった。流下痕跡から推定すると,上流河道部における第1波土石流の平均流速は9.1m/sec程度,平均流量は350m3/sec程度であった。また,VTR画像解析結果から,蒲原沢流路工内での第2波以降の土石流の平均流速は4.0m/sec程度,平均流量は100m3/sec程度であった。

3)土石流による土砂移動量
 今回の土石流災害の発生前後に撮影された空中写真(平成8年7月19日と平成8年12月7日)の判読結果に基づく土砂収支によると,崩壊土砂約39,000m3のうち約8,000m3が崩壊地内に残存し,約31,000m3が土石流となって流下したことがわかった。上流側谷止工までで約37,000m3の土砂が結果的に侵食された。谷止工の残存部と砂防ダムで約15,000m3の土砂が捕捉され,最終的に約48,000m3が扇状地まで到達した。
 なお,平成9年4月1日から9日の間に発生した崩壊について,平成8年12月7日と平成9年4月17日の空中写真判読結果を比較すると,崩壊土量は約23,100m3,そのうち崩壊地内に残存した土量は約6,600m3,下流へ流出したのは約16,500m3となっている。

4)土石流の数値シミュレーション
 蒲原沢を流下した第1波の土石流がどのような規模・特性を持っていたかを定量的に理解するために,発生地点から下流の流路工入り口までの間での土石流の挙動の数値シミュレーションを試みた。解析手法としては,高橋らによって提案,使用されている侵食のみを考慮した1次元解析手法を用いた。
 その際,標高1,300m付近の崩壊が直接土石流となって流下したのではなく,一旦,蒲原沢本川の左岸側谷壁を下端の支えとして崖錐状堆積物を形成し,その後,崩壊地内に存在が確認された湧水や本川の流水の影響を受けて含水量を増やし,数回の土石流となって流下したものとのシナリオを想定した。流動特性は蒲原沢土石流材料と同様な粒度分布特性を持つ中国雲南省蒋家溝土石流を参考とし,崩壊地より長さ50m,幅10m,平均厚さ16mの8,000m3が土砂濃度0.5になって最初に動いたとする上流端境界条件を採用した。
 数値シミュレーションの結果,流動深は崩壊直下付近で最大4.8m程度,上流側谷止工付近で最大3.2m程度,流路工入り口付近で2.8m程度と計算され,痕跡調査の結果とほぼ整合している。土石流の伝播速度は先端部が2,750mを約3分20秒で流下していることから約14m/secと計算される。一方,土石流の流速は崩壊直下付近で最大16m/sec,上流側谷止工付近で11m/sec,流路工入り口付近で7.5m/sec程度と計算された。

  2.災害の実態
(1)12.6蒲原沢における警戒・避難体制
 治山工事(林野庁松本営林署発注)の警戒・避難基準としては,労働安全衛生関係法令にある「悪天候時の作業禁止」を適用し,「1回の降雨量が50mmを超える場合」には作業中止としていた。緊急時の連絡体制の確立はもとより,職場安全教育訓練,安全パトロールは十分に実施されていた。平成8年6月25日の出水後,治山工事を再開した8月12日以降は休日を除き警戒・避難基準に達するような悪天候はなかったため,作業中止や警戒・避難等の指示を出したことはなかった。
 砂防工事(建設省北陸地方建設局発注)は蒲原沢流域を含め,姫川本川(葛葉地区)でも実施していたことから,「葛葉・蒲原連絡協議会」を設置しており,退避連絡基準は同協議会が定めていた。退避連絡基準雨量は,工事開始当初では「警戒雨量:15mm/hrまたは50mm/6hr,退避雨量:20mm/hrまたは60mm/6hr」としていたが,平成8年6月25日出水を踏まえ,「警戒雨量:10mm/hrまたは40mm/6hr,退避雨量:15mm/hrまたは50mm/6hr」とさらに安全側に見直していた。緊急時の連絡方法,避難方法は確立されており,現場における安全教育はもとより避難訓練や安全パトロールも実施されていた。退避連絡基準を超える降雨は4回発生しているが,発生時がいずれも作業中でなかったため,避難は実施していない。  災害関連工事(長野県発注)の新国界橋災害復旧施工現場における警戒・避難体制は,(株)地崎工業,佐田建設(株)の現場代理人から口頭で雨量情報の提供を受けて今井工務店の現場代理人が作業の中止等の判断を行うこととなっていた。

  (2)従来の予知・予測手法に関する検証
 平成7年7月11日,平成8年6月25日の降雨と比較しながら,融雪を考慮して,いわゆるスネーク曲線で流域の水の貯留状態を検証した。その結果,大きめの融雪を考慮しても,当該土石流の発生時の状態は,多くの崩壊が発生した平成7年7月,新しい崩壊の無かった平成8年6月よりも安全なレベルにあった。今後積雪地域においては融雪期の崩壊,土石流資料を分析し融雪を考慮に入れた警戒・避難体制を確立する必要があると考えられるが,今回の土石流では融雪を考慮したとしても流域内には水の供給は少なく,土石流の発生が説明できない。
 また,工事関係者の目撃証言によると,土石流発生直前の異常気象,土石流発生の予兆現象(轟音,濁水,流量の減少等)も報告されていない。
 さらにセンサーによる土石流の検知とそれによる警戒・避難の実施が考えられるが,センサーに関する技術的問題,土石流発生地点と現場の位置関係等を考慮すると,センサーの信頼性・有効性には限界がある。また,蒲原沢においては,地形的制約条件からセンサーの設置が困難であった。

  (3)12.6土石流災害の特徴
 今回の土石流災害の特徴としては,
@ これまでに12月(初冬)に土石流が発生した事例はなかった
A 轟音,濁水や流量減少等の土石流発生の予兆現象は認められなかった
B 通常山腹崩壊や土石流の有力な誘因と考えられている気象・水文条件は,降雨量+推定融雪量のハイエトグラフ,あるいはそれらによるスネーク曲線解析の結果からみても,過去の多くの土石流災害例と比較して,発生の可能性としてはきわめて低いレベルにあった
C 地形条件として過去の崩壊によって不安定化した斜面で,かつ崩壊地が侵食前線で急勾配斜面であったこと,地質条件として脆弱な安山岩質溶岩類と堅固な砂岩層の境界であったことなどの素因が土石流発生に大きく関与しており,これら素因は事前調査で把握することは難しかった
D 現在実施されている土石流発生の予知・予測手法は,通常その誘因として豪雨を対象としたものであり,今回の土石流発生の主たる誘因と考えられる融雪に起因する地下水の供給を考慮したものではない
E 現在の土石流発生検知手法の信頼性・有効性には限界がある。また,地形的制約条件からセンサーの設置が困難であったことが挙げられる。

 以上のことから,12.6土石流の発生時点においては,その発生を予知・予測することは非常に困難であったものと考えられる。

  3.施設の被災
(1)施設の被災の実態
 蒲原沢に建設されていた,または建設中であった施設のうち,砂防施設及び新国界橋下部工については特に被災はなく,治山施設については,上流側谷止工は天端から6.66mの部分から上部が流失し,下流側谷止工は堤体全部が流失した。これら治山施設は第1波の土石流により流失したが,第1波の土石流の流速は,上流側谷止工付近では15m/sec程度と推定されている。
谷止工の設置目的は,渓床の不安定土砂を固定し,土砂流出防止と山脚固定を図ることであり,土砂生産源近くに設置され短期間に崩落土砂や流下土砂により堆砂すると予想されることから,堤体上半分に水圧,下半分に土圧を考慮した設計となっており,土石流流体力は考慮していなかった。しかし,満砂後の土石流に対して一定の対応(天端を厚くする)は考慮されていた。
上流側谷止工は,12.6土石流発生時には施工中であり,かつ谷止工の背面は未堆砂の状態であり,治山施設としての設計条件を満たす以前に土石流が流下したため,応力集中による破壊あるいはせん断破壊が起こり,堤体上部が破壊・流失したものと推定される。 下流側谷止工についても上記に示した同様の理由により流失したものと推定される。

  (2)上流側谷止工の破壊形態の検討
 上流側谷止工については,破断面付近で転倒に対する安全率が最も小さくなり,堤体内での相対的な弱点となった可能性があり,この面に応力集中的な破壊力が加わったと考えられる。

  4.今後の警戒・避難体制と安全対策,施設の設計・施工への提言
(1)警戒・避難体制と安全対策
 以上の調査結果を踏まえ,地形条件等から土石流が到達する可能性がある工事現場における,今後の警戒・避難体制と安全対策のあり方について,次のような対応が考えられる。

1)流域特性(状況)の把握と工事関係者への周知
 工事対象流域ならびに周辺流域について,気象特性や地形・地質特性,土砂災害危険箇所の分布状況,過去に発生した土砂移動現象(土砂災害発生状況)等の流域特性を工事着工前に把握する必要がある。特に従来からの降雨量に加えてこれまで調査項目に含まれていなかった気温,積雪等の気象要素も今後把握する必要がある。これらの情報を基に,監視方法等の検討を行う。また,流域状況は豪雨・融雪・地震等によって変化することもあるため,そうした場合には,その時点で調査を実施することが望ましい。特に今回の蒲原沢の例を教訓とすると,災害後の現場では,十分な調査及び工事中の監視を実施する必要がある。
 一方,収集した情報については,工事関係者へ提供するとともに,同一渓流内で行われている他の工事関係者との情報交換を行い,周知を徹底する必要がある。また,収集した情報を時系列に保存・整理し,豪雨,融雪,地震等の後に変化がないかどうかを検討する必要がある。

2)土石流発生の予知・予測手法の開発
 従来の降雨量による土石流発生の予知・予測手法に加えて,気温,積雪深等の融雪を考慮した予知・予測手法を検討することが必要である。

3)土石流発生検知システムの導入及び新手法の開発
 土石流発生の予知・予測手法の確立と並行して,土石流発生を検知するシステムの導入を検討する必要がある。現状では検知センサーが十分な機能を有していないことから,監視員の配置による手法が考えられるほか,補完的な措置として検知センサーの設置も考えられる。検知センサーとしては,従来ワイヤーセンサーが主に用いられてきたが,連続して発生する土石流を考えると,ワイヤーセンサーだけでなく,振動・音響センサー等の配置なども組み合わせる必要がある。ただし,現在の検知システムの導入には技術的・経費的な問題があり,かつ十分な機能を有しているわけではないので,安価で取り扱いやすく信頼性の高い検知システム(検知,伝達,表示システム)の開発が必要である。
  4)警戒・避難体制のあり方
 工事前ならびに工事中の流域状況調査結果を踏まえ,土石流発生の予知・予測手法ならびに検知システムの有する機能を考慮した警戒・避難体制を確立することが必要である。今後はフェイルセーフ(fail safe)の観点から,検知システム設置地点及び検知方法の両面からみて,多重の監視・警報システムの設置を考えて行く必要がある。
 また,今回の土石流が小規模な降雨に関係して発生している事実を踏まえ,不安定な斜面が存在する場合には現行の警戒・避難基準雨量を引き下げることで対応する方が実際的と考えられる。警戒・避難基準の設定に際しては全工事現場を一括して設定するのではなく,地形条件,工事範囲,工種,河道からの距離等に基づき,工事現場を区分し,その区分ごとに基準を設定することが望ましいものと考えられる。さらに,これらと併せて避難場所・避難方法・避難経路等を確保する必要がある。
 複数の機関が発注し,複数の工事関係者が同時に工事を実施しているような流域では,警戒・避難体制を有効に機能させるため,工事関係者の連携が不可欠であるものと考えられる。また,常に流域の状況を把握するための安全パトロール,必要な情報伝達,避難訓練等も併せて実施することが必要である。さらに,工事の進捗に伴い,工事現場の状況が変化するので,工事の進捗に応じた体制とすることも重要である。

5)その他
* 緊急的な災害復旧工事については,現場の状況が依然として危険な状態であることが多いため,工事関係者の安全を確保するために省人化(無人化)システムの確立も必要である。
* 現行の災害復旧工事では,災害発生時期によっては工事対象流域の調査を十分に行う時間的余裕が無い場合や,工事施工期間が制約される場合が見られることから,単年度に限られた事業については,現地の状況等に応じて複数年の工事ができるよう,検討されることが望ましい。
* 建設省の土石流危険渓流や林野庁の崩壊土砂流出危険地区以外の土石流が発生する可能性のある渓流でも土石流危険渓流などに準じた調査を行い,危険地域を抽出して関係者に情報提供を行う必要がある。
* 火山地域等の脆弱な地質での崩壊跡地では,特に不安定と判断される土塊の除去などの工法も検討すべきである。

  (2)施設の設計・施工
 治山施設は,土砂の生産源に近い急勾配の渓流に施工される例が多いことから,堤体背面に短時間のうちに土砂が堆砂すると想定した上で,堤体上半分に水圧,下半分に土圧を考慮する設計としている場合が多い。しかし,ある程度の流域面積を有し,水量が多い渓流に建設する場合には,堆砂内の浸透水による水圧の影響や,堤体背面に土砂が堆積する前に洪水におそわれる場合等が考えられることから,堤高全体に水圧を考慮する設計が必要である。
今回の治山施設は,施工後早期に堆砂することを見込んで設置されたものの,未堆砂の状態で,流速15m/sec程度,あるいはそれを上回る土石流によって施工途中に被災したものではあるが,今回施設が被災した教訓を踏まえて,今後土石流の発生が予想される渓流では,土石流の外力を考慮した設計となるよう検討することが必要である。
 また,同一流域内で実施される砂防事業と治山事業においては,構造物の設計内容等についても情報交換を行い,十分な連絡・調整を図ることが望ましい。
施工の面からは,谷止工・砂防ダムの袖部の貫入や基礎部の掘削等が困難な場合には,その代替手段の検討も必要であろう。

  (3)蒲原沢における工事の安全対策について
 これまで述べてきた今後の提言は,将来的な長期の検討を要するものも多い。そこで蒲原沢で今後すぐに対処することが望ましい安全対策をまとめると,以下の通りとなる。

@ 工事現場における警戒・避難のための基準雨量を再検討すること。
A 基準雨量を上回る降雨の直後,融雪が予想されるとき及び地震後の一定期間に作業を実施する場合等には,監視員を配置するか,もしくは土石流による災害のおそれの無い場所における作業に従事させる等の措置を講ずること。
B 流域状況の定期的なパトロール及び豪雨等の後には流域状況の変化を確認するためのパトロールを行うこと。流量や濁りの観察等も行い,現場作業員に周知させるとともに,日誌として整理し,異常の発見に資すること。
C 避難経路,避難場所を確認すること。その際,沢の湾曲部での土石流の挙動を十分に考慮すること。また緊急時の連絡体制を確認し,避難訓練等を通じて現場作業員等に周知・徹底すること。
D 警戒・避難体制等について,発注機関の間及び工事関係者の間で十分な調整を図ること。


 なお、報告書の全文は現在印刷中ですが、希望する方には実費で頒布いたします。
 希望者は、窪田または砂防学会事務局へご連絡下さい。


蒲原沢土石流災害調査委員会に関する問い合わせ先

 砂防学会事務局長・窪田順平
 e-mail: jkubota@cc.tuat.ac.jp


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Last modification: Jan 26, 1998; since July 10 1997