平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震土砂災害に関する砂防学会緊急調査団報告(速報)

平成20年6月30日

(社)砂防学会 緊急調査団

2008年6月14日午前8時43分頃に岩手県内陸南部で発生した岩手・宮城内陸地震(M7.2)により,震源域である栗駒山周辺においては大規模な斜面崩壊、土石流、地すべり等による甚大な土砂災害が発生している。山体崩壊に匹敵するような大規模斜面崩壊が発生しているほか,斜面崩壊から流動化した土石流が温泉施設を破壊し,7人が生き埋めになった。(社)砂防学会では,このような土砂災害を生じた斜面崩壊、土石流、地すべりなどの土砂移動現象について,発生からその後の二次移動まで含め実態を把握し土砂災害の特徴を明らかにする目的で,砂防学会緊急調査団を結成し、調査を行った。調査団は21日午後に宮城県二迫川・三迫川及び岩手県衣川の大規模地すべり、崩壊、土石流、河道閉塞の現地、22日午前に宮城県迫川及び岩手県磐井川の大規模地すべり、崩壊、土石流、河道閉塞の現地を調査した。

調査団構成
団長 岩手大学農学部准教授 井良沢道也
   岩手県立大学総合政策学部准教授 牛山素行
   新潟大学農学部教授 川邉洋
   京都大学防災研究所教授 藤田正治
   立命館大学理工学部教授 里深好文
   (独)土木研究所 内田太郎
   (財)砂防地すべり技術センター 池田暁彦

調査日程
 2008年6月21日,22日(必要に応じ、その後追加調査)
        
主な調査箇所:6月21日:二迫川荒砥沢大規模地すべり、三迫川栗駒ダム上流放森斜面崩壊、三迫川栗駒沼倉地区土石流による河道閉塞、衣川区有浦地区の斜面崩壊による河道閉塞など
6月22日:迫川坂下地区・浅布地区・小川原地区の斜面崩壊による河道閉塞、磐井川市野々原地区の河道閉塞、本寺地区の斜面崩壊など

1.様々なタイプの形態の土砂生産(土石流、斜面崩壊、地すべり、河道閉塞)の存在
今回の調査した箇所においては様々なタイプの土砂生産の形態(土石流、斜面崩壊、地すべり、河道閉塞)が存在していた。こうした形態は栗駒山系一帯の地質構造(下層が新第三紀の凝灰岩に由来する堆積物、上層が第4紀の火山砕屑物)が鍵となっていると思われる。そこに強震動と地形効果(地震による土砂生産は降雨と違い、尾根部に震動が強くなり崩壊しやすい)が加わり、多様な土砂生産パターンを発生させたと思われる。さらに、栗駒火山の影響などをうけて土質は風化変質をしている。今回の地震により崩壊した物質はこうした地質のためか、全体的にはドライとなっているように感じた。また土質によっては粘着力が強く、通常の流水の浸食にもある程度抵抗力の強いように感じられた箇所もある(例:三迫川沼倉地区の土石流堆積物など)。しかし、箇所毎に土質特性も異なるので、今後は詳細な土質試験が必要である(迫川の小河原地区では基岩の崩壊により岩崩落が発生しているが、巨礫の移動距離が非常に長いなど)。今後はこうした移動メカニズムの解明が必要である。

2.応急判定から均一の質の高い判定の実施
国、県、市など関係機関の全力をあげての地震後の緊急調査により河道閉塞や斜面、構造物などの応急判定はなされている。今後は、河道閉塞箇所や土石流、大規模崩壊、地すべり箇所の詳細な調査を実施し(たとえば、土質、粒径、勾配、水みち、地下水など)、より正確な今後の河道閉塞箇所の決壊予測や土石流、大規模崩壊、地すべりの再移動・拡大予測を行う必要がある。

3.中途半端なまま堆積している箇所の危険度把握
これまで河道閉塞箇所やその原因となった土石流、崩壊、地すべりについて緊急調査が精力的になされてきた。いくつかの箇所は土砂が安息角で堆積しているなど、今後はそれほど二次移動の不安の無い箇所もある。しかし、土砂生産現象で中途半端に斜面や河道中に残っている箇所も見受けられた(例:斜面に滑落崖があり、大きな移動体を持つ地すべり性崩壊の可能性が高い箇所など)。また、林内で木の陰で見えない亀裂なども多いと思う。特に直下に保全対象があれば極めて危険である。今後の降雨でこうした問題が顕在化するので対応を検討する必要がある。

4.既設の土砂生産、流出対策施設の大規模土砂生産時の効果把握
栗駒山系全域の支川で砂防施設あるいは治山施設において、今回のような内陸直下型大地震という膨大な土砂生産現象を土砂処理計画上は考慮していない。しかし、たとえば、水系砂防として造っている砂防施設を緊急除石することでポケット容量を確保できる場合もあるなど、ハード施設の重要性を感じた。また、渓岸崩壊防止、渓床堆積物の再移動防止など効果を発揮している施設もあるので、今後は効果の検証をすると良い。

5.流域としての長期のモニタリングの必要性
1で述べたように上流山地で発生した河道閉塞、大規模崩壊、地すべり、土石流など流域の状況を一変させるような大規模な土砂イベントが発生した。今後、数十年、あるいはそれ以上の長期間にわたって、土砂生産の発生した上流域だけでなく下流域まで大きな影響を与え続ける。土砂ばかりでなく、流木、濁水、生態系などの面も含め長期モニタリングが不可欠である。また、栗駒山系は多雪地帯であり、雪による土石流、崩壊・地すべり箇所の再移動、河道閉塞箇所などへの影響把握も必要である。

6.山岳地の観光地を利用する一時的滞在者などへの周知
今回、大きな人的被害を受けた駒ノ湯温泉を初めとして、山岳地の山岳地の観光地を利用する一時的滞在者などの施設への周知が必要であると感じた。こうした施設を利用する一時的な滞在者は十分な土地感に乏しく、土砂災害に対する知識を持ち合わせいないことが多い。もちろん、こうした知識を持っていたとしても今回のような大規模地震ではなすすべがなかった可能性もある。こうした点もふまえ、今後の検討すべき課題としてあげられる。

7.地震による大規模土砂生産を考えた新たな対策手法の検討
上述したように現行の砂防、治山計画では今回の大規模地震によるような土砂生産を想定していない。もとより地震の発生による大規模な土砂生産自体を食い止めることは不可能に近いが、下流の保全対象に影響をできるだけ軽減するような手法は検討していく必要がある。まずは、@大規模地震の発生により崩壊や地すべり移動現象のなどの発生しやすい箇所の抽出手法の検討、A地震による大規模な地震の発生箇所のうち河床閉塞を生じさせやすい箇所の事前の抽出、Bそれへの河道へのポケット造成手法(横断構造物、河道に面した渓岸への護岸の施工、自然河道地形を利用したバッファゾーンの創出)など多くの検討課題を考える必要がある。また、河道閉塞の決壊による土石流だけでなく、フラッシュフラッドの被害予測も必要である。

8.流域全体としての土砂災害対策の取り組みの必要性
今回発生した栗駒山系の上流部の大規模崩壊・地すべりなどは想像を超える規模のものもあり、災害対応で実施できる1,2年間の対策ではとても完治しないレベルである。これから降雨などで土砂流出の危険性は数十年間あるいはそれ以上にわたって続くであろう。特に、今回は直接的に土砂生産抑制対策工事を施工するのが極めて困難な急峻かつ高標高の山岳地や、両岸が険しい峡谷での施工となる。当然、工事用道路もなく、施工の際の安全管理も極めて困難である。一方、こうした土砂の問題は流域全体としてみた場合に被害は下流で受けやすい。下流は一関市、奥州市、栗原市など重要な市街地があり、資産も大きく、どうやって食い止めるかは緊急の課題である。応急対策を現在実施しており、今後、災害対応も実施されると思うが、1〜2年間程度の災害対応では根本的な対応は不可能である。恒久対策としては土砂生産、流出対策施設をつくる必要がある。しかし。人家や耕地のある河道部、扇状地ではこうした施設は造れない。磐井川や衣川、迫川、二迫川、三迫川の中上流部でしか造れない。
こうしたことから、@今回の地震で発生したこれらの河川の上・中流域で発生している土砂生産、流出の現象(大規模崩壊、地すべり、河道閉塞など)の詳細を把握する。Aこれらの土砂が今後の降雨などでどのように下流の保全対象へ被害を与えるか、検討する、Bそれらを防止する対策を検討する。その際に河道閉塞の決壊などはいくつかのシナリオを想定する。C本地域の下流は河岸段丘上に人家があることが多いが、谷底に人家や道路など保全対象もある地域もある。こうした保全対象を守るために、上流中流でどのような対策をすれば良いかを考える必要がある。D@〜Cまでを総合的に考えた土砂収支を検討し、恒久対策として土砂生産、土砂流出対策等を検討する必要がある。


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